2008年12月09日

身近なノ−ベル賞

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ストックホルムではノ−ベル賞授賞式が近づいている。4人の日本人が栄誉に浴することは誇らしい。
その中でも、益川博士の表現はほほえましくノ−ベル賞を身近に感じさせてくれたことが最高の演技賞かもしれない。

先日、内灘町役場に出かけた。地元の小学生による環境発表会があった。「河北潟の未来」について夫々の思いを堂々と発表する姿は「正しく身近にあるノ−ベル賞」だと感じた。

私も子どもの頃、植物や昆虫や鉱物の観察に没頭したことを思い出す。
今でも花木や昆虫、石ころが大好きだ。自然なものほど「不思議な生態や形」をしている。ノ−ベル賞的な発見は身近のあるものです。

私たちの住む小松には自然がいっぱいだ。子どもたちには好奇心を培っていける学習システムに事欠かない。
あとは、良き指導員とサイエンス(理科)の興味を持続できる教材や施設をしっかりと充実させていきます。



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posted by しんじ at 22:07| 石川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育、子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月01日

どうなる?小松 どうする?小松

どうなる?小松、どうする?小松と題し、インタビュー第1弾を開催。
インタビューの内容はこちらintvol.01.pdfから。
posted by しんじ at 18:58| 石川 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マニフェストvol.01

マニフェストはこちらMANYU.pdfから
posted by しんじ at 18:45| 石川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マニフェスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月30日

出馬表明しました

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11月28日に出馬表明をしました。いよいよ本番です。皆さん方の絶大なご支援をお願い申し上げます。

多くのマスコミの取材のなか、約1時間の会見になりました。
当日は友人知人が30名あまり同席してくれ、大いにバックアップしてくれました。

私は「心を込めて」と『強い小松を』をテ−マとします。
少子高齢化が進展する今いま、「子育て、長寿社会んぽ模範的な都市にする」ことを第一とします。
また、存在感が薄れている小松市を南加賀の中核都市として認められるように、強いまちにすることを目指します。

来年2月には、「小松市再生プラン」を発表します。
このマニフエスト作りに皆さんも参加下さい。
一緒に小松の再生シナリオを作成しませんか!

今後このブログにも私の考えを投稿します。皆さんからの意見や提言をお寄せ下さい。
posted by しんじ at 21:57| 石川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月20日

和田しんじ始動

和田しんじムービー第1弾。
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2008年11月08日

80年と85歳

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ラジオ体操が始まって80年になるイベントに参加した。(写真左)
早朝より200名余が吉田指導員のもと体操した。私も子どもの頃から50年お世話になった日本独特の国民的な柔軟体操だ。
80年で3万日、一日一日の積み重ねの大切さを痛感。
さて、今の子どもたちは骨折しやすいようだ。校庭の芝生化など柔軟な対応が必要だ。

例年の旧鵜川遊泉寺駅跡の桜保護活動を主催した。町会やコマツの50名に参加していただいた。     (写真右)
このソメイヨシノの老木は樹齢85歳になる。
丁度、日本人女性の平均寿命と同じになった。この桜の寿命を延ばしていくことで、日本人の長寿が更に伸びていくことを願っている。
長寿社会のシンボル的な桜として健康長寿のまち、小松市をPRしていきたい。


posted by しんじ at 21:20| 石川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの自慢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月25日

頼れる病院とは

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秋晴れの下、薬草観察会に参加した。私たちの身近にある雑草と考えていたものが「薬草」でと知り一同大いに感心させられた。(写真左右)

自分自身も以前から数種の薬草茶を嗜んできたが、憩いの森周辺には30種もの薬草があり驚く。
憩いの森というよりも「薬草の森」と呼んだほうが人気が出そうだ。

ヨモギは浄血に、ドクダミは化粧水、スギナは利尿に、役立つ。秋の野原に黄色く目立つ背高泡立ち草は薬害に効くことを知り、自然界の不思議に驚く。
メンバ全員が最も興味を持った薬草のは「イチョウの葉はボケ防止に効果がある」ということだった。

さて、全国各地での公立病院の廃止や医師不足がニュ−スになっている。
我が小松市ではどうだろうか」と考えてみたことはありますか?
小松市予算書から考察しますと、
・平成19年度は、4億2千万円の赤字
・これまでの累損は43億円、

赤字幅が広がってきており、大きな改善が求められます。
一方、利用者からの不満が多く聞かれることも事実であり、満足度を高める工夫も急がれます。

医療と介護、そして教育はこれからの行政の3本柱です。厳しい経済情勢がますます生活の不安を増徴しています。「市役所が市民を守る」という最大の原則を約束します。

傷口が拡大する前に問題点を公開し、全市民が参画し、より良い方向へ改革を進めて行きましょう。

posted by しんじ at 12:29| 石川 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 医療、福祉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月14日

DONDONまつり

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今年はどんどん祭り33回目。半日街中を散策し多くの皆さんと交流した。

当初は商工祭がメインで産業、商業の繁栄がメインだったと記憶している。
商店街や企業の「あんどん行列」や街中を踊り歩く「輪踊り」は秋の夜長を存分に謳歌できた。いまは廃止され、舞台での音楽発表や道路でのヨサコイソ−ランに変わっている。
今も昔も「踊らなくては損々」という参加している人たちの笑顔が素敵だ。

さて、11万人の観客という主催者発表には疑問あるが、「小松市らしい色彩が少ない」ことは大いに改めていきたい。

例えば、どんどん祭りが行なわれた10月12日は小松のまちを築いた前田利常公が小松城でなくなられた命日です。
(その後、国府で荼毘に付され=写真左、金沢の宝円寺で葬儀の後、野田山に埋葬されています)

初代利家は金沢、2代利長は高岡、3代利常は小松、のシンボルにし、利常公を前面に出した時代行列もさらに楽しそうです。

そして、”芸術の秋”をもっとエンジョイしましょう。
絹織りものの小松でフアッション、瓦のオブジェ、陶芸、味覚の秋など小松の自慢をアピ−ルしましょう。(写真右は鬼瓦創作ア−テイスト) 音楽もおどりもいっぱい。
もちろん、曳山歌舞伎も特別上演します。
市民もまちもどんどん成長出来るよう総がかりで作り上げましょう。

駐車場には「金沢や県外ナンバ」が見当たらないことからも近隣住民の参加に止まっていた。
県内外の多くの人たちや祖父母に会いに来る家族で賑わう北陸最大の”秋祭り”にしましょう。
来年から大きく変わりますよ。
posted by しんじ at 13:46| 石川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの自慢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月30日

環日本海時代

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新幹線について多くの方からコメントをいただいた。ありがとうございます。
「狭い日本そんなに急いで、、」と慎重論もありました。「チャンスを活かし経済文化の交流を図ろう」との新幹線活用論が多っかた。
航空機の東京便が減る、小松市への交流人口受け入れなど新幹線対応を早くとの声も頂いた。

さて、今回は「環日本海」について考えてみましょう。(写真は環日本海の地図と小松空港)
日本海を挟んだ中国、韓国、ロシアの東アジアの国々は経済成長が著しい。日本の人口が減少する中、これらの国々との交流を捉えることができる地域は発展するといわれている。
交流するには、海か空に頼ることになるが、小松には日本海側最大の空港がある。
十年で来日する外国人は2000万人に増やす目標。8年後には石川県にも海外から50万人が観光やビジネスで訪れる。現在の3倍です。
いま、やるべきことは多い。

歴史を辿っても江戸時代まで、日本海航路を利用した中国など東アジアとの交流で日本の経済文化が成長してきた。

現在各県各市で個別に行ないがちな交流を、「北陸エリア」で協同して対応していくとが重要。
10年後、空港の周囲には物流施設や企業の対東アジア部門、国内外の外交部門が拠点を構えるようにしたい。

江戸から明治初期まで栄えた北前船は「前田利常公」が加賀のお米を大阪に輸送する手段として始めたものです。その後、日本全体の物流や文化交流に大いに貢献した。
小松空港も基地として出発したが、これからは民間交流の要となって私たち小松市民に繁栄をもたらしてくれるものと考えます。


posted by しんじ at 14:13| 石川 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 経済、交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

新幹線がやってくる

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6年後の春には金沢まで新幹線がやってきます。
そのときに備えた準備は小松市では」始まっているでしょうか? 皆さんと同じく私も「まだまだ」と感じています。
金沢の賑わいが加速しているいま、新幹線が通過すれば更に、金沢一極集中が進むとの恐れは間違っていないでしょう。
県内への交流人口流入は現在の500万人から2倍になる予測です。

さて、新幹線の是非論が有ることは認識しています。
そこで、ちょっと歴史をさかのぼってみましょう。

私は、北陸新幹線は「平成の北前船」だと捉えています。
ご存知通り、「北前船」は加賀能登の船主が行なった日本海貿易です。北前船がもたらした「物資や文化の交流」は加賀地方を栄えさせたばかりか、北海道から琉球まで交流を盛んにした。
さらに、日本全体の一体感を創造したのは「北前船」でした。

金沢まで5年半、小松駅にはまだ10年余り。しかし、確実に到来する新幹線時代を上手くキャッチアップしていける地域が、21世の交流時代に繁栄できると信じている。

これまで新幹線活用や是非論は市民の皆さんと深く議論してこなかったといえます。
皆さんは北陸新幹線をどの様に捉えていますか? お考えをお聞かせ下さい。

posted by しんじ at 12:29| 石川 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 経済、交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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