2007年11月03日

桜の保護活動

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文化の日、日本花の会こまつ支部主催で鵜川遊泉寺駅跡のソメイヨシノ「う川古代桜」の保護活動を実施。コマツ社員、愛樹会、地元鵜川町民が65名参加してくれた。(写真左)
今年で2年目であり、昨年手当した樹齢90年の桜は着実に元気になっておりメンバもホット安心した。

今回は新たに樹齢12年の桜2本を植樹した。”平安八重紅しだれ”という名称で、名前の通り平安神宮に咲いている枝垂れ桜の子孫で、今から咲き揃うのが楽しみだ。

ところで、鵜川小学校跡にはこれからも残したい桜がある。それは”都桜”と名づけられている。(写真右)  歌手都はるみさんの実母が子供時代に鵜川町に住まいしていたことから、歌手デビュ−したはるみさんを激励するため、40年前に地元町民が植樹したもの。
先日、はるみさん本人が来町し実母の思い出に浸っていたそうだ。

これら”都桜”や”う川古代桜”は古墳時代から中世、近代と南加賀の中心として栄えた国府地区の新たなシンボルとして市民に愛されるようしっかり保護していきたい。


posted by しんじ at 17:05| 石川 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ボランティア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月28日

クマのえさ作り

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クマのえさ作りに花立町の森林に仲間20名とともに向かった。
標高1000Mのブナ林は錦絵に紅葉している。澄み切った秋空で見事な作業日和になった。
車を止め、さらに500M登る。

グミ、クワ、クリを50本植樹した。(写真左)
苗木は3年前に挿し木で育ててきたもの。1年半の間、水遣りし根付いたものを昨秋には畑に地植えした
(写真右) 拙宅では20本挿し木したが15本を移植でき、ホットしている。

クマの出没が相次ぎ大騒動になったのはまだ3年前の冬のこと。この2年間はエサが何とか豊作で、記事になることはめっきり減っていた。、頭数が減ったことも一因だろう。
次の不作に備えもっとエサ作りをしていこう。

私たちにはすばらしい秋の紅葉も、クマたちには冬こもりの準備に慌しい季節だろう。
帰途の車内では麓についた頃には、「今年はトンボが少なかったな!トンボの沼を作ろうぜ!」と話題が移っていた。
posted by しんじ at 20:08| 石川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ボランティア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月01日

防災の日に寄せて

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3月25日の能登半島地震から5ヶ月経った。

地震から1週間後に門前町黒島へボランテイアに入った。現場はTVで見たよりはるかに厳しい被害だ。町全体が重態の様相。(写真上段) 被災者2軒の片付けを手伝った。

いずれも、子供たちが都会に出ており、広い住宅に老夫婦のみ。大黒柱が折れ曲がり、玄関には「赤紙の危険住宅表示」がされていた。旦那さんはまさかの地震で呆然としており、気丈な奥さんだけが片づけを行なっていた。
奥さんが一言「息子は忙しいからとオロナミンやポカリを送ってきたが、年寄りはポカリは飲まん。日帰りでもいいから、チョット顔を見せてくれるのいが一番の薬なのに、、、」と。
奥さんは心の支え棒も折れそうだと感じた。
住宅の復興以上に、被災者たちの心のケアが必要と痛感。
その日一日、私たちボランテイアは老夫婦の息子になったつもりで、大汗し片付けの手伝いをした。

地震は天災だが、親子が遠く離れて暮らす能登の過疎は、まさしく人災では、、と腹が立った。

その後ボランテイアに行ったお宅の状況が気になって仕方がない。
そして昨日、5ヶ月ぶりに旧門前町にお菓子を持ち向かった。門前に近づくにつれ道路復旧の工事箇所が増え、まだ屋根にブル−シ−トが被せられた住宅が目に付く。
2時間半で漸く門前町黒島に着いた。倒壊した建物は撤去され、新築や改築の家々が目に入り、地震直後の混乱が落ち着き、復興に着実に踏み出していると幾分ホットした。

でも目指す住宅が見つからない。近所の人に聞き、やっと目指すお宅が分かった。大幅にリフオ−ムして以前の面影がなくなっていた。
子供さんたちの援助で何とか改築が出来たとのこと。老夫婦も心穏やかな顔で、笑みを浮かべていた。(写真下段の左)
年末には、改めて励ましに行こうと思う。

そのあと県主催の能登地震に関する会合に出席した。過去の震災での対策を踏まえ、体と心の健康に特別体制を行なったとのこと。実際、地震後の2次的な健康被害者は少ないようだ。
仮設住宅横には”心のケアハウス”のプレハブがあり看護師も常駐している。
(写真下段の右)

大地震や大水害が続いていることは悲しいが、災害の対処法が徐々に成長していることに少しばかり安堵した。

能登、中越の復興が一日も早く叶うことをお祈りします。


posted by しんじ at 22:54| 石川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ボランティア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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