2008年09月30日

環日本海時代

         環日本海map.jpg           小松空港.jpg

新幹線について多くの方からコメントをいただいた。ありがとうございます。
「狭い日本そんなに急いで、、」と慎重論もありました。「チャンスを活かし経済文化の交流を図ろう」との新幹線活用論が多っかた。
航空機の東京便が減る、小松市への交流人口受け入れなど新幹線対応を早くとの声も頂いた。

さて、今回は「環日本海」について考えてみましょう。(写真は環日本海の地図と小松空港)
日本海を挟んだ中国、韓国、ロシアの東アジアの国々は経済成長が著しい。日本の人口が減少する中、これらの国々との交流を捉えることができる地域は発展するといわれている。
交流するには、海か空に頼ることになるが、小松には日本海側最大の空港がある。
十年で来日する外国人は2000万人に増やす目標。8年後には石川県にも海外から50万人が観光やビジネスで訪れる。現在の3倍です。
いま、やるべきことは多い。

歴史を辿っても江戸時代まで、日本海航路を利用した中国など東アジアとの交流で日本の経済文化が成長してきた。

現在各県各市で個別に行ないがちな交流を、「北陸エリア」で協同して対応していくとが重要。
10年後、空港の周囲には物流施設や企業の対東アジア部門、国内外の外交部門が拠点を構えるようにしたい。

江戸から明治初期まで栄えた北前船は「前田利常公」が加賀のお米を大阪に輸送する手段として始めたものです。その後、日本全体の物流や文化交流に大いに貢献した。
小松空港も基地として出発したが、これからは民間交流の要となって私たち小松市民に繁栄をもたらしてくれるものと考えます。




posted by しんじ at 14:13| 石川 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 経済、交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「日本海は歴史上重要な交易ルート」
 
 しんじさんが示してくれた地図、日本海・日本列島をアジア大陸側からに見てみた図は新鮮なものです。実は内海だというのが良くわかります。渤海使者など、古来この内海を利用し日本は大陸とかなり頻繁に交易をおこなっていたそうです。歴史上、北陸地方が表舞台に立っていた時期です。

 対岸の国々と現在は政治体制、思想信条などが違い、日本海を使った貿易は皆無に近い状態です。江戸時代も鎖国状態であったこともあり、かつて重要な交易路であったことは日本人の記憶から消えてしまったようです。

「経済活動は国境を越える」

 交通・情報網の発達により世界はどんどん狭くなっています。また、経済交流は政治的対立も消し去るだけの力を持ちます。共産党が支配する中国と今のように経済交流が深くなるとは、かつての私は想像すらしませんでした。毛嫌いするだけであった自分自身の不明を恥じるしだいです。

「和田しんじさんの提案」を発展させたい。
 
 南加賀地方(小松市付近)は、日本でも有数の優良企業が集積した地帯と聞いております。他の北陸地方と連携し日本をグローバル国家にする原動力・拠点となっていただきたいと切望します。目を東でなく西へ、さらには北へ向ければそこには大きなマーケットが存在するのではないでしょうか。
 
 ただ小松空港の活用をあせっては駄目だと考えます。交通への資金投入は「開発」投資でなく「隘路」投資が基本と学生時代に習いました。ある程度の交流量が確保されてから交通網を整備するのが良いという主旨だったと記憶しております。

 すでに優れた航行援助施設を備え、国内ではトップクラスの空港です。内際の旅客・貨物ターミナルともに備えており、ハード面では十分ではないでしょうか。これからは日本海を見据えたソフト面での対応を図っていくべきでしょう。

 すべての産業・地域は日本国内のマーケットだけを相手としていれば、もはや生き残れないのではと考えます。小松にはその重要な拠点となりうる潜在能力があります。

以 上
Posted by おかの まさのり at 2008年10月03日 10:57
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。